shizumari

静まりから生まれるもの 信仰生活についの三つの霊想
ヘンリナウエン著*太田和功一訳
原題:Out of Solitude
[目次]

霊想1 静まりから生まれるもの
  はじめに
  活動的な生活
  独り静まる生活
  結び

霊想2 愛の配慮をもって
  はじめに
  愛の配慮
  共同体と愛の配慮
  結び

 

霊想3 待ち望むこと
  はじめに
  待ち望むことにおける忍耐
  待ち望むことにおける喜び
  結び

[さわり読み 本文より]

「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」--病に苦しむ人々を癒し、悪霊を追い出し、せっかちな弟子たちに応え、町々を巡り、会堂から会堂へと教え回る--こんな動きがいっぱいに詰まった文節に挟まれて、この静かな言葉があります。「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」
 息もつけないような忙しい活動の真ん中で、安らかな息づかいが聞こえます。あちこちと 動きまわっている中で、しんとした静寂の 時を見ることができます。多くの人々の問題に深くかかわっている中心に、独り退く時のことが語られています。行動のただ中に、沈黙の祈りがあります。人々と心おきなく過ごしたあとに、独りきりになる時間があります。活動について声高に語る言葉の間に挟まった、静けさが支配するこの文節を読めば読むほど、イエスの働きの秘訣がどこにあったかに気づかされます。それは、夜が明けるよほど前、朝早い時間に祈りに出かけたあの人里離れた所に隠されていたのです。
その独りになれる所で、イエスは、自分の思いではなく、神の御心に従う決断をする力を得ました。自分の言葉ではなく、神の言葉を語る勇気を、自分の業ではなく、神の業をする力を見いだしたのです。イエスはつねづねこう諭しています。「わたしは自分では何もできない。……わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである」(ヨハネ5・30)。さらに、こうも言っています。「わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである」(ヨハネ14・10)。この独りだけの所で、御父との親密な交わりに身を浸すことによって、イエスの働きが生まれたのです。

著者:ヘンリ・J. M. ナウエン(1932‐1996)
オランダ生まれ。カトリック司祭。世界的に認められたキリスト教霊性についての著作家。ノートルダム大学、イェール大学、ハーバード大学で教えたのち、カナダのトロント郊外にあるラルシュ・コミュニティの牧者として、知的障害を負った人々と生活を共にする。

訳者:太田和功一(おおたわ・こういち)
東京都生まれ。キリスト者学生会主事を経て、国際福音主義学生連盟(IFES)前副総主事。現在、クリスチャンライフ成長研究会主事。訳書『いま、ここに生きる』(ナウエン著)